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コラム

クッキー最後の旅

    
 犬と一緒に北海道を回る2週間ほどのキャンピングカー旅行をしたことがある。
 日本RV協会さんが2005年に主催した『ふれ愛キャンプ in 稚内(NORTH RUN 2005)』というイベントに参加したときのことだ。
 
 行きはカミさんも交えた “3人旅” だった。
 東北道を北上し、北海道に渡ってからは、苫小牧、登別、札幌などを見物しながら、稚内を目指した。
 しかし、カミさんは、用事のスケジュールが詰まっていたため、稚内空港まで来るとイベントには参加せず、飛行機に乗って羽田に戻っていった。
  私は雌犬のクッキーを抱いたまま、空の彼方に吸い込まれていく飛行機を見送り、その姿が視界から消えると、犬を車内に入れ、イベント会場に向かった。
 
 カミさんを下ろしたキャンピングカーが走り始めたとき、クッキーは、「さも当然」とばかりに助手席に這いあがり、「これでやっと2人っきりになれたわね」とでも言いたげな目つきで、私を見上げた。
 もともと愛人体質の犬であったが、念願の「助手席」を手に入れたクッキーは、“妻の座” を手に入れたごとく喜んでいるように思えた。
 
 

 私たちが目指した『ふれ愛キャンプ in 稚内』というイベントは、もともと介護犬育成のキャンペーンを兼ねたものだったので、会場には盲導犬、聴導犬などのほか、参加者たちの飼っている犬で溢れかえっていた。
 しかし、クッキーは、それらの犬が前を駆け抜けようが吠えようが、反応することなく椅子にうずくまり、目を細めて、芝生に踊る陽の光を眺めるだけだった。
 反応が鈍っているのは、年齢から来る衰えというものもあったのかもしれない。
 このとき13歳。
 その3ヶ月後に死期は迫っていたのだが、もちろん、私はまだそれを知るよしもなかった。
  
 
 イベント会場となった稚内の空には、8月初旬だというのに「秋」が迫っていた。
 ウロコ雲が、真っ青なキャンバスにハケで掃いたような白い筋を残し、その下を赤トンボがたくさん舞った。 
 クッキーは、そのトンボの飛翔を物憂げな目で追い、それ以外は、あいかわらず、チェアに身体を沈めたまま、居眠りして時間を費やした。
 
 
 
 
 イベントの中日ぐらいに、港で花火大会があった。
 私は、クッキーをキャンピングカーの車内に残したまま、1人で街に行き、銭湯で身体を洗い、居酒屋で湯上がりのビールを飲み、港の花火を見物した。
 港の周辺は見物客でにぎわっていたが、大通りから一歩下がった路地裏の店はみなシャッターを下ろし、人影もまばらだった。
  
 8時半ごろ、フェリー乗り場の埠頭あたりから花火が打ち上げられた。
 明らかに観光客と分かる両親が小さな子供の手を引いて、岩壁近くの見やすい場所に移動する。
 移動するのが面倒くさい地元のカップルは、地べたに腰を下ろしたままポテトチップスの袋を破る。
 
 花火は都会的で洒落ていた。
 乱れ散る閃光が、その向こうに広がる街の明かりと共演して、夜の海をにぎにぎしく飾った。
 しかし、時間は短かった。
 30分ほどだったろうか
 なんのアナウンスもなく終了した。
 北国の夏のように短い花火だった。
  
 自分のキャンピングカーに戻って、クッキーに花火大会の様子を話す。
 「きれいだった?」
 と、彼女の目が問う。
 「ああ、とってもね。でも少し時間が短かったな」
 「そう。また来ればいいのよ」
 「そうだね。そうしよう。おやすみクッキー」

 

 『NORTH RUN』のイベントが終わって、私とクッキーは道東周りで苫小牧を目指すことにした。
 左ハンドルのクルマだから、東回りのコースを南下すれば海を間近に眺めながらのドライブになる。
 見事なくらい何もない風景が続く。
 左手にはのどかな水平線が広がり、右手には、牧草地がとりとめもなく伸びていく。

 どこまで走っても、舗装のへたった一本道と、風で電線が揺れる電信柱が続く。
 クッキーはそんな単調な景色に飽きたのか、身体を丸めて助手席でうつらうつら。
 「またクルマが1台も止まっていない道の駅があったよ。クッキー」
 「そう。疲れたら休んでいいのよ」
 「大丈夫。もう少し走るよ」
 
  
 上湧別の道の駅から内陸部に入った。
 途中のコンビニで簡単な食材を整え、泊まるのに適した場所を見つけては、夕方の散歩に連れ出す。
 クッキーはもう走らない。
 若い頃は、飼い主を置き去りにするほどの脚力を誇り、一時は自転車に乗らなければクッキーに追いつけなかった。
 しかし、今は歩調もおっとりしたものになり、身体を休めるように立ち止まることが多くなった。
 そして、道の草花を眺め、匂いを嗅ぎ、周囲の音に耳を澄ませている時間が長くなった。 
 いま思うと、間もなく自分の前から消えゆこうとしている地球上のあらゆるものを、自分の記憶に刻み込もうという気持ちだったのかもしれない。  



 
 夜。人気のない道の駅にひっそりと車を止め、カーテンを閉めて、2人だけの夕食を取る。  
 「チーズありがとう。あなたも少し食べる?」
 と、彼女がいう。
 「いや、いいよ。それはお前に与えたものだ。しっかりとおあがり」
 「私はお腹がいっぱいになったから。いいの」
 「食が細くなったね。スタイルを気にしているな」
 「私きれい?」
 「ああ、きれいだよ」
  

  
 私とクッキーは、そんな道東回りの旅を続け、5日後に家に戻った。
 クッキーが亡くなったのは、その3ヶ月後だった。
 
 カミさんがしみじみと言う。
 「あの子は、あなたと 2人だけの旅を心ゆくまで楽しんだのね。良かったわ」
 「最後の旅になるとは思わなかったけれど、クッキーにとって良い思い出になったのかなぁ」
 「きっと満足して逝ったわ」
  
 あれ以来、カミさんが助手席に乗らないキャンピングカーの一人旅をしていると、いつもそこに、背中を丸めて居眠りしているクッキーがいるような気がする。

町田厚成

キャンピングカーのガイドブック、キャンプ場ガイドブックなどの編集を通じて、キャンピングカーやキャンプ旅行に関する文章を20年くらい書き続けています。愛車は5mサイズのキャブコン。カミさんが機嫌が良いときは犬と一緒に旅行にお供してくれますが、仕事を兼ねた一人旅が多い昨今です。

http://campingcar2.shumilog.com/

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