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  3. 町田厚成2018年07月13日付けコラム
コラム

母とのたった1回のキャンピングカー旅行

    
 亡くなった親に対する子供の気持ちは、いつになっても心残りがつきまとう。
 「あのとき、あんなことをしてやれば、きっと喜んだろうに」
 という後悔が、ふとしたときに込み上げてくる。
 
 90歳を超えて逝った母に対しては、いまだにそういう気持ちを持つことがある。
 せっかくキャンピングカーというものを買ったのに、母を乗せて旅に出たのは1回しかない。
 それも、日帰りだった。
 そのことが、今になっても悔いとして残る。
 
 しかし、その1回かぎりの小さな旅行を、母はとても喜んだ。
 行った先は、高速道路を使って家から2時間程度で行ける山梨県のキャンプ場だった。
 
 
 道中、ビートルズの音楽を流した。
 まだビートルズが、単なる騒々しいロックバンドとしか思われなかったデビュー時代(1960年代初期)に、「この人たちの音楽は、やがて20世紀を代表する音になるよ。彼らは次の時代にはベートーベンのような扱いを受けるようになるだろう」などと、母は予言していた。
 今でこそ、この見解は驚くに値しないが、ロックもポップスも聞いたことがない50歳か60歳ぐらいの人間が言ったのだから、ビートルズの音楽を単なる流行歌として聞いていた私の方が戸惑ったことを覚えている。
 
 母は明治の終わりに生まれ、大正デモクラシーの雰囲気の中で育った。
 そして昭和初期のモダンボーイ、モダンガールといわれた先端風俗の中で自分の個性を伸ばしていったようだ。
 私を生んでからも、奇抜なファッションや奇抜な髪型で街を闊歩(かっぽ)し、周りの人が動転したり、目をそむけたりするのを、むしろ面白がって生きていたようなところがある。  
 老年になると、さらにその嗜好に拍車がかかり、近所に買い物に行くときですら、未開人のお祭りのような派手な衣装を身にまとい、周囲の人々からは、半ば呆れ顔で眺められていた。
 
 
 はじめてのキャンピングカー旅行の日も、母の好みはそのままだった。
 「キャンプ場」といっても、それがどんなところなのか知らなかったのだろう。
 当日迎えに行くと、母は都心のレストランでディナーでも予約したときのような、あるいは芝居でも観劇するときのような、ピンクのワンピースで着飾ったまま私を待っていた。
  
 ウィークデイを選んだので、たどり着いたキャンプ場に宿泊客は1組もいなかった。
 曇り空の下で、芝生がとりとめもなく広がっている。

 フリーサイトに車を停め、オーニングを出す。
 陽が射さないので、ことさらオーニングを出して日陰をつくる必要もなかったのだが、キャンピングカーにはじめて乗った母に、キャンピングカーの機能というものを見せたかったのだ。
 車内のコンロでお湯を沸かし、オーニングの下に広げたテーブルの上で、パーコレーターを使ってコーヒーを煎れた。 
 
 「おいしいねぇ」
 と、母は両手でマグカップを挟み、ゆっくりと口に運んだ。
 「ありがたいねぇ、こんな景色のところでコーヒーが飲めるなんて」
  
 はじめての “アウトドア” だったのだろう。
 喫茶店でもない場所でコーヒーを飲むという体験が、珍しかったのかもしれない。
 マグカップから立ちのぼる湯気で少し曇ったメガネ越しに、母の視線はずっと芝生の上に注がれていた。
  
 
 ―― もっと早く、母をこういうところに連れ出してやればよかったな。
 若干、うしろめたい気分になった。
 ―― 今度は1泊旅行にでも誘い出してみるか。
 そのときそう思ったが、けっきょく、それが最初で最後のキャンピングカー旅行となった。
   
 人気のない曇り日のキャンプ場には、光の乱舞もなければ、音の跳ねる気配もなかった。
 まったりとした静けさだけが、芝生の上に垂れこめていた。
 
 一緒に座って、コーヒーを飲んでも、ことさら話すような話題もない。
 しかし、母の口元には、絶えず満足そうな笑みが浮かんでいた。
 
 やがて、座っているのに飽きたのか、母がキャンピングカーの周りを歩き始めた。
 その背中が次第に遠ざかっていく。
 杖をついて歩く足取りが、今日はなぜか軽やかに見える。
 花でも探しているようだ。
 心が少女時代に戻ったのかもしれない。
 ピンクのワンピースが、芝生の緑に映えて、母そのものが小さな花になった。

   

 その母が亡くなって、今年で19年目を迎える。
   
  

町田厚成

キャンピングカーのガイドブック、キャンプ場ガイドブックなどの編集を通じて、キャンピングカーやキャンプ旅行に関する文章を20年くらい書き続けています。愛車は5mサイズのキャブコン。カミさんが機嫌が良いときは犬と一緒に旅行にお供してくれますが、仕事を兼ねた一人旅が多い昨今です。

http://campingcar2.shumilog.com/

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