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JRVAトップキャンパーの情報広場オーナーレポート「夫婦二人旅」 > 三重県・あやちゃんさんのレポート

 

 

西九州の旅

オーナー名 あやちゃんさん
■山川砂の湯温泉
オーナー様の年代 60歳以上
所在地 三重県
キャンピングカーのタイプ キャブコン
キャンピングカーを
主に使用される方
ご夫婦2人
キャンピングカー経験歴 3年
キャンピングカーを
使用する場所
道の駅・SA
くるま旅会員 会員
掲載日 2010/07/15

旅の思い出・エピソード

長年の夢だった天草諸島の旅行でした、天気さえ良ければね.....。
出発の日の朝5時30分に起床し7時に出発。安芸の宮島SAに向かい、一日目の日程が終わる。

16日朝は5時30分に起き、早々に食事を済ませ7時前には出発した。そして山川砂の湯温泉には午後4時前に到着。此処の砂湯は温度がそれほど高くなく、砂を上から重いくらいに架けてもらったので身動きが出来なくて少ししんどかった。お風呂は良い湯加減だった。
それから指宿の道の駅に行って午後6時に駐車。
周りの駐車している車を見ると函館からのキャンパーや帯広からのキャンパーも訪れていた、すごい!


■指宿道の駅


17日朝食は6時に摂り、朝市が開かれて少し見学をしてから8時には出発した。
今日見学の予約している明治蔵(白波酒造)に向かった。
此処は元々薩摩白波を製造していたが、今は見学の為の製造しかしていないと言う。麹もサツマイモと云う珍しいお酒を購入した。
此処を辞去して遣唐使が行き交った坊主港にある旅館倉浜荘に向かう、此処は密貿易屋敷跡として有名だが、住んでいる方が居られるので外からの見学。次の訪問地は野間岬灯台で、車で行けるのは野間岬県立公園までだった。野間岬灯台まではまだまだ先があるので止めたが、此処まで来るのも中々道が判らず、幾度も行ったり来たりして見つけ、車一台がやっと通過できるような山道だった。
次に吹上浜に向かったが、同じ226号線でも往きしなと帰りしなとの道の走りやすさは全く違うものだった。
吹上浜に到着したが、此処には潮干狩りの方が大勢来ていた。
ちなみにここの吹上浜はアカウミガメの産卵場所として有名で、丁度今の時期が産卵期に入っている。

吹上浜を午後2時20分には出発。今日の宿泊先である道の駅 長島に向かう。途中の阿久根の近くで愉快な電車を見つける、肥薩おれんじ鉄道とあった。
この後長島温泉センターに午後5時20分に到着し、早速お風呂に入る。此処の風呂はすごくしっとりとしてヌメリもあり一番の風呂だと思った。
長島温泉センター前にある道の駅に車を移動して夕食を取る。道の駅には私達の車だけが駐車していた。


■白波酒造
■野間岬県立公園
■長島道の駅


18日朝起きるが、曇り空で雨が来そうな天候、朝食後 8時前に蔵の元港のフェリー乗り場に到着、約8分程で到着した。そして8時40分発のフェリーに乗り、無事に牛深港到着して鶴葉山公園に向かうが、道を間違ったのか酷く狭い道で車がやっと通れる道を何とか先端部まで走る。先端部には小さな案内板があるだけ、やはり間違った?
次の小森海岸に向かうことにしたが、山を越えた途中に鶴葉山公園への案内板があったので、間違った道を辿ってしまったのが判った。
小森海岸に向かうが小森海岸は何も無く日没(サンセット)がさぞかし見事だと云うのが判るような気がした。ここは日本夕陽百選に選ばれている海岸として有名。 次に、崎津天主堂に向かう。
この後崎津天主堂に着いても駐車場が判らず探しあぐねた。天主堂は無人で入場もフリーで見学する事が出来た。この頃から雨がポツポツ降り始める。ここは港に近く、静かなたたずまいの中に天主堂がひと際目だっていた。
次に大江天主堂に向かうが、おりしも本格的に雨が降り始める。大江天主堂を去る時に激しい雨が降り出した。当初予定していた389号線から県道24号線で向かう予定だったが、全て389号線で向かう事にした。
午後1時50分にリップルランドのさざ波の湯に到着、到着してから昼食を食べる。
夕方6時を過ぎてから風呂に入りに行く、車に戻る頃には激しく降っていた。更に風も強く吹き出し車がぐらぐら揺れて大丈夫か?と思う程の揺れを体験した。

19日は朝9時発のフェリーに乗船が出来た。口之津港に近づくと、口之津歴史資料館と云う看板が見えたので、当初予定していなかった寄り道をする。到着して行くと丁度与論島からの修学旅行生とばったり。ここは三池炭鉱の積み出し港として最初に開設された処で与論島からも多くの人が働きに来ていたという。工具や農機具など私たちにも馴染みの深い物が多く展示してあった。
この後原城跡に向かい11時7分には到着する。原城は島原の乱(1638年2月28日に終焉)の際、多くのキリシタンが殉教した所として有名であった。
ここには天草四郎の墓碑やホネカミ地蔵(1766年に島原の乱で亡くなった人々の骨を注誉上人が骨を拾い集めて霊を慰めたと云う地蔵もあった。

次に向かったのはみずなし本陣 道の駅ふかえ。ここには普賢岳の土砂流で被害を受けた建物が保存されていると云うので立ち寄る。
続いて大野木場小学校に向かった。ここも当時のままに保存されているので良く分かった。この学校の校庭にはよみがえった「イチョウの木」が残っていた。見学中に雨が降り出した。学校の中には入れなかった。
次に、雲仙地獄に行くが周りが殆ど見えない中、雨と硫黄の匂いを嗅ぎながら少し見学。殆ど見学が出来ない状況なので早々に切り上げてビードロ美術館に到着。ビードロの展示がいっぱいあると思って入ったが、展示は無くガラス細工のビン類が一杯展示してあった、それだけにがっくり!
此処を出て“ふくの湯”に向かう。ナビではちゃんと表示しているのにとんでもない所に導いてくれた。なんとかふくの湯に向かう。奥さんは炭酸湯が良かったと、今日は此処で止まる事にした。



20日は早々に朝食を済ませて港に向かう。
到着してもキャンピングカーを止められる駐車場が見つからず、表通りにやっと見つける。
受付が始まるまで待ち、中止を告げられる。そのため午前の便はあきらめ、昼からの便に希望を繋いで、取り敢えず野間岬に向かった。

権現山頂上は靄と云うか霧に包まれて何も見えず。
頂上で2組の人達と出会った。一組は帯広からのワゴンでのキャンパーでお年もかなり取られていたが今日は霧で周りが見えないので待っていても変わらないから仕方なく切り上げると言っていた。もう一組は北海道から列車で九州までこられた2組のご夫婦であった。いずれも私たちより少し上の年代の人達で意気投合して一緒に展望台へ行き、お互いに写真を取り合う。

暫くしてお別れし、帰る道に会った軍艦島資料館に立ち寄る。(ここは無料)当時の生活写真や資料が展示してあった。天気が良ければ端島(軍艦島)が奇麗に見えた事だろうと、残念に思いながら長崎市内の幸瓶に向かう。
幸瓶の店でビードロ3ヶ購入(購入に際し音は確かめた方が良い、皆音が違うから)、たまたま吹いて音を聞きたいと云って要求したから違いがわかったが、なければ思う様な音のビードロが買えなかったかも知れないと思った。時間を見ると12時になるので車に引き返す。
到着して確認をすると、丁度昼からのツアーが催行されるので参加する。
昼からのツアーは13時10分から16時までの予定で。多くの人が参加し、外人さんも通訳連れて参加していた。年間100日程度しか上陸が出来ないと聞いてきたので、今回上陸出来たのは運が良かった。天候には恵まれなかったが、波も静かで良かった。自然の崩壊に任せていると云う事は、何年か先には上陸も危ぶまれるのか?


■権現山頂上
■軍艦島


長崎港上陸後に北緯33度線展望台に行こうとしてナビを設定したが、突然故障?してしまい、何度も触っているうちに暫くしてやっと動くようになった。
大島大橋を渡り、岬の先端にある北緯33度線展望台にはホテル咲き都があるが、閑散としていた。いずれ閉館に見舞われそうな風情をかもしていて惜しい施設のような気がした。
ホテル咲き都の先には北緯33度線展望台があり、少し手前に旧日本海軍が設置したスクリュー音を見張る建物が今でも残っていた。この先に北緯33度線展望台があり、丁度夕陽が沈みかけていた。
花みずき温泉SASPAには午後8時前に到着、豪華な施設の割りに寂れ凋落の一途を辿っている様に思えた。でも温泉は大変良かった。
ここで当初泊る予定だったが奥さんが道の駅で泊るのでしょう?と言うので、昆虫の国たびらがあったのでそこに向かい9時50分に到着。
歯を磨いて寝ようと言う時間にパトカーが職務質問を各車にしていた。何かあったのか?と問いただすと、通常のパトロールですとの返事、私の車には職質に来なかった、待っていたのに! 。
就寝は11時30分過ぎになった。

21日朝起きてみると、何故か奥さんの右足が大変痛く、歩行も困難な状況になっていた。
道の駅を出発し田平カトリック教会9時5分に到着し、教会を見学。ステンドグラスが素晴らしかった。
3年前にも平戸には来たが、田平教会を知らなくて訪れては居なかった。気持ち的にはこの教会が今まで訪れた教会の中でも一番荘厳な感銘を受けた。
次に生月島にある大婆鼻(おおばえ)灯台に向かった。
生月大橋は今年4月より無料で渡橋が出来るようになっている、平戸大橋も同様にである。大婆鼻(おおばえ)灯台にに到着し、駐車場から200mほど歩き灯台に一人上る。灯台の下に降りて記念写真撮り出発。
この後、島の反対側の道を通ってはなぐり洞門に向かうが、こちらの道のほうが走りやすいがアップダウンも結構あった、でも灯台に行くにはこちらの道を推奨する。
結局はなぐり洞門は見つからず、案内も見られなかったので生月の道の駅でトイレ休憩して道の駅 松浦海のふる里に昼食休憩する。
唐津方面に向かい、名護屋城址に到着して駐車場探し止める。頂上に到着するも柵がしてあり見学できず仕方なく戻る。
下で地図を見ると大手門が反対側にあるのが分かり行く。大手門に歴史博物館があったのと無料と言う事で入った。写真は駄目なので撮らず。
歴史博物館を出ると、時間的に夕方に近づいたので波戸岬に向かい、到着後灯台を目指す。
5時になったので今日の温泉である玄海海上温泉パレアに向かい、到着後入浴、温泉はPHが8.38と結構ぬめりもあった。ここで奥さんが云うには、足の痛みが殆ど無くなったと云う、嬉しかった。
入浴後今日の宿泊場所である桃山天下市に向かい、到着。10時頃に寝た。


■田平カトリック教会


■玄海海上温泉パレア


22日朝食を摂ってからゆっくりして、9時前に食品館が開いたので入って購入してから出発、芥屋大門には11時5分に到着し、奥さんが言った遊覧船に乗る。次の出港まで40分待って遊覧船に乗る。船で15分ほどゆられていると見えてきた。
船は奥まで入る事は出来ない位狭いので、入れるところまで船長さんは入ってくれた。この芥屋大門はやはり六角柱で出来て居て、塩俵の断崖と同じ形状をしていた。北海道の根室半島付け根にある“根室車石”とも同じである。
最後の訪問先の“元寇の防塁”に向かう。現地に到着しても駐車場が無く、散々探して何とか止めることが出来た。松林に入って探すが、案内看板も見える所には無く、これで本当に大丈夫?と思いながら防塁を見つける。松林の奥に忽然と現れたのが元寇の防塁跡だった。尋ねる人も無い様な施設で、もう少し整備をして欲しかった。見学して車に戻り、津和野に向かう。雨の中津和野の美松堂に到着し和菓子を購入。一服お茶を頂いてから出発、お店の人の丁寧な対応に有り難く思った。

其の後願成就温泉に行き、温泉に入って泊る。奥さんの女風呂がバラを敷き詰めた温泉だったとか、男湯には何も無かった。
今日は昼から雨が降り出し、夜になっても降っていた。ベッドに入ってからも風と雨で車がユラユラと揺れて、かなりの風が吹いているのがわかった。少し心配しながら寝入ってしまった。

最終日の23日朝5時過ぎに起きた。
天候が悪く、注意予報も出ていたので早めに出発することにして6時43分には帰途に就いた。


■後願成就温泉


キャンピングカーがあって良かったところ

泊まる費用も要らない分、長く旅行が出来る。
いつ何処でも泊まる事が出来るので、予定通りでなくとも無理しないでも旅行が出来る。
結構人に行かないところにまで足を延ばせる。つまり、思わぬ収穫を得られる事が多々ある

お薦め場所

今回の旅では、九州の長島町の長島温泉センターと佐世保市のはなみずき温泉SASPAの湯が良かった。
見どころではやはり軍艦島ですね。天気が良ければ権現山からの軍艦島の眺望も良いと思います。
訪れるのであれば白波酒造の明治蔵の見学と田平教会ですか。
今回は多くの場所を訪れたので、お勧めがいっぱいです。

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